第7話・・・ 満足感のない救助活動
9日ぶりで家の敷居を跨いだとき、体中に安堵感が沸き、我が家と家族が無事であったことを神に感謝した。 無事だとは知って
いたが、自分の目で見ない限り、とても信ずる気にはなれなかったからだ。 ところが、布団にもぐり込んでみるも、身も心も休んで
くれなかった。
瞼の裏側に震災の惨状が映像となって現れるし、寝返りをうてばあらゆる関節が音を立てて睡眠を阻止したからだ。 頭も体も
自分のコントロールできる状態でなかったのだ。
『あの日は何をしたのだろう。』 『部隊はどう動いたのだろう。』 いくら考えても、目の前に映し出されるのは映像ばかりであった。
三つの画像が繰り返し、繰り返し、映し出され、思考力は全く無力となっていた。
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この日、仕事を終えて仮眠についたのは午前5時10分。 待機室の布団で、「ゴー」という地鳴りを遠くに聞いたと思う。
続いて、消防署の建物が分解するほどの揺れに見舞われた。
揺れが終わると、非常灯が点灯し、事務所は足の踏み場もないほどに荒れ果てていた。ガレージでは車止めが散乱し、
ポンプ車や救急車が歩道にまで乗り出していた。歩道が浮き上がり、路面が割れていた。
『この静けさは何だ!』 人の声、犬の鳴き声、車の音。 なにひとつ生活の音がしない。 凍りついたような静寂が空間を
包んでいた。 空は闇に包まれ、暗闇の向こうに小さいがしかし真っ赤な半円が眺められた。
「火事だ。出動に備えろ!」
今も大笹滋士長の叫び声が耳にこびりついて離れない。 それは一の後の不幸の連続の始まりであったからだ。
普段なら20数台の消防車が取り囲んでいるはずの火災が目の前にある。
「だめだ!消火栓に水がない!」
応援を求める無線に応答はない。 目の前の倒壊家屋の下から人の声がし、その家屋に火が迫ってくる。
「プールから水を取れ!」 病院に火が迫っている。
「病院へ行ってくる!」 「皆さん!早く避難して下さい。 動けない人はいませんか。避難先は湊川中学校です」
たくさんの無残な倒壊家屋があり、いたるところで人だかりがしている。
「消防さん。お父さんとお母さんを助けて!」
上沢・松本地区の火災に出動できたのはポンプ車2台に消防隊員7名であった。
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非常召集の部隊がこの地区の火災に投入されたが、ポンプ車2台という戦力不足は解消されなかった。
倒壊家屋は木と布と紙の固まりであった。 倒壊しなかった建物もモルタルがはげ落ち木ずりが剥き出しで、破れた窓からは
カーテンが揺れていた。
火災は火面を拡大するだけではなかった。 ようやく火面を包囲する放水体制を組めたと思う瞬間、放水隊の後ろから火の手が
あがる。 延焼阻止線を突破した火災は先に消火しなければならない。 これにかかっている間に包囲していた火災が勢いを増し、
ホースを焼き切ってしまう。
火勢が北面に延焼しだすと、これより先の住民に避難を呼びかけ、東面にも延焼しだしたので、この住民にも避難を呼びかける。
消防力が火勢に負けている以上、風向きに振り回された。
「燃料が切れてきた。補給願う」 「転戦のためのホースが不足。調達して欲しい」 「これより食料の配布にまわる」
夕刻。会下山の上から、恐ろしい光景を見せつけられた。
火勢は東風に乗って西側への圧力を増し松本4丁目から5丁目に移ろうとしていた。
恐ろしい光景とは、西面に延びようとする火面よりさらに西に3つの小さな炎が立ち上がっていたことである。 続いて、ゆっくりと
大きな火面に飲み込まれていった。
『どこで、火面を捕まえればよいのだろう』 身震いをした。
ポンプ車は1分間に2tの水を放水できる。 この水を確保するには川から取水するほかなく、取水できる場所は火面の東側に
偏っていたからだ。
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「神港高校の南北道路でこの火災と決着をつける。同時に神港高校に避難している人を守れ」 中村和敏署長の檄が飛んだ。
熊田晃久救急主査が作戦を担当すべく、会下山の北東、東山小学校へ駆けた。
ここにポンプ車を裾え、会下山を迂回するようにホースラインを延長して火面の西側に部署、火災と最後の対決をするのである。
1本20メートルのホースを50本、しかもこれを4線確保しなければならない。 全て人海戦術である。 担当した消防職員・
消防団員は必死であった。
「西側の兵庫高校に避難しようという意見が強く、お年寄りを多数抱えている私どもは判断に困っています」
神港高校の職員から避難者へのアドバイスを求められる。
この狭い南北道路に避難者と避難の車で溢れることは、作戦の失敗を意味していた。
なぜなら、作戦の成否は
@火災が到着する前に作戦を完了すること
A消火活動している最中に飛び火がないこと
B神港高校の南北道路が消防隊の自由に使える
ことにかかっていたからだ。 神港高校の体育館の中は真っ暗で、隣の人の顔すら全く見えなかった。 しかし、人のざわめきから
避難者でぎっしり埋まっていることを知った。
「兵庫消防署です」 かすれ声だが、大きな声が出た。 懐中電灯が正面に向けられ、少しでも入り口に立っている人の顔を見よう
という意図が知れた。
「眠れぬ夜をお過ごしでしょうが・・・・・・」 から 「神港高校を死守いたします」まで一気にしゃべった。
「消防さん。がんばってね」 「頼むぞ。消防さん」 励ましの言葉と拍手を背にして高校を後にした。
ホースが延長されてきた。水圧も徐々に上がってきた。火災はまだ少し先にあり、飛び火もなさそうだ。
香川県・和歌山県・大阪府下のポンプ車が応援に駆けつけてくれた。
18日0時。ようやく火勢と消防力が均衡する。延焼をくい止めるとその余勢で火災を鎮圧させた。 3時であった。
吉本 和宏(兵庫消防署) ・・・・消防広報誌「雪」から転載