第4話・・・ 家族が気になりながら(神戸における震災との死闘)

 

 1月17日、午前1時、3時と栄町待機室で目が覚め、「珍しく夜中の救急要請がなくすがすがしい朝が迎えられる」

めずらしい・・・・・・・・・・。

 それもつかの間「ドオーン」という一発で目が覚めた。 その後の揺れですぐに地震とわかったが九州生まれの私にはかなり

大きい台風、地震は経験があったが、この揺れは経験が無く、さらに別室から聞こえるロッカーの倒れる音、「ウオー」と言う叫び声で、

これは只事ではない、そう直感した。

 明け方のもやっとした空、異様なガスの臭い、正直に私には今「神戸の町は」 より 「家族は大丈夫か」 のほうが強かった。

 4、5日前より妻と長女、次女の3人は風邪をこじらせ須磨の太田町の妻の実家にいた。 恥ずかしい話、木造2階のいつ壊れても

いいような、けっこう古い家だ。 栄町の公衆電話で家族の無事を確かめる。 「ツー、ツー」状態、まさか・・・。

 そこへ民家が倒壊し2名生き埋めの駆け込み通報がある。 生田91救急小隊で出動する、現場に着くと自力脱出した娘が両手を

前に組み神に祈るかのように泣いている。

 父母が生き埋めになっているとの事でその場所に声をかける。 男性の 「大丈夫」 という声と手の動きが見える。 だが女性の

声は・・・・・・・他の小隊は別の現場に出動し、ここは生田91で対処するしかない。

 幸い近所の人がクレーン車を用意する事が出来た。 作業の間、さらに近くで家屋倒壊、負傷者の通報がある。 ガーゼ、生理食塩水

渡し手当するように指示、他の現場は出勤してきた2係員が駆けつけた。

 やがてクレーン車が到着し男性は無事救出、 だが女性のほうは無残にも・・・・・・・・・・・・・。

 近くの公衆電話に走り実家に電話する。 だが依然 「ツー、ツー」 状態。 この時私は妻の実家で異変が起っていると覚悟した。

 さらに誰もいない西区のマンションがどうなっているのか心配は二重に膨らんだ。

 夕刻前上司に許可をもらい須磨区に向かう。 一目家族の無事を確かめなくては。 兵庫、長田と進む中いくつもの炎の柱が見える、

心配はさらにふくらむ。 やっとのことで実家の前の須磨警察署前に立つ、16日まであったはずの家が無残にも崩れ落ちている。

 幾つもの倒壊現場、遺体を見ている私は 「もうだめだ・・・。何もかも終わった・・」と思い近くを見渡す。 義母、義弟がいた、駆け

寄って全員の安否を尋ねる。 幸いにも全員無事との事。 よかった。 だが次女が足首を負傷し新須磨病院に収容されていた。

 命に別条が無い事に安心し、署へ向かった。

 

黒木 智雄(生田消防署栄町出張所)

 

 

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