第5話・・・ 待機寮で始まる災害活動

 

 突き上げる揺れだった。 目覚まし時計を見ると6時前をさしていた。 部屋の電気のひもをひっぱても電気がつかない、懐中電灯を

掛けている場所を覚えていたので、備えあれば憂いなしと思いながらスイッチを押した。スピーカーと加湿器が畳に上に落ちていた。

もう一度電のひもをひっぱてみたがやはり電気がつかなかった。

 そうしていると、隣の部屋の井上さんが懐中電灯で私を照らし・・・「生きてるか・・」と部屋を覗いた。 「べっちょありません」 と答えると

 「そうか!・・」 と、戸を閉めた。 廊下が騒がしくなり、何か火事が起きているらしい。

 そこで同期生と一緒に屋上に上がってみた。 寮の屋上からは、長田と板宿(いたやど)の辺りが見渡せる 「いち、に、さん・・・」

8ヶ所から火の手が上がっていた。悪い夢を見ている様だった。

 すぐに、出勤する準備を始めた。 パンツ、シャツ、靴下をカバンに押し込み車に乗った。

 まだ夜の明けぬ外は、底冷えする寒さだった。 ラジオをつけおよそ5キロ程離れた署に向かった。

 ラジオからは 「ただいま地震がありました。 各地の震度は次のとおりです、西宮は・・・」それだけだった。 神戸は出てこなかった、

時計を見ると6時30分ぐらいだった。

 いつもなら街灯がついているところも真っ暗で気味悪い道だった。 道路に人が立っている。 その横を見ると崩壊した家があった。

よく見るとそこらじゅうの家や建物が崩れていた。

 ひどい状態だった。 もうほぼ全焼しているものもある。 道はいたる所に段差が出来ていた。

 長田消防署についた。 中は薄暗く、3階の事務所に上がると主幹と副署長が見えた。 車両と消防係は誰もいなかった。

 階段を降りると、ステテコとシャツだけのおじさんが立っていた。 「毛布をもらわれへんやろか・・」 と泣くように言った。 いつも

昼御飯を消防署に出前してくれていたおっちゃんだった。 毛布はあげられなかった。 今でもくやんでならない。

 1階に下りると、 「助けにきてくれ! 家が燃えている! 早く消しに来てくれ」 と、大勢押し寄せて来ていたが、どうにも出来なかった。

ただ4階のホールに上がってくれと言うだけだった。 けがをし、動けない人が大勢床の上に横になっていたが、病院に運ぶ

救急車もなく、声をかけることさえままならなかった。

 スコップ、バール、ある物はみんな貸した。 18,19才の女の子がお父さんを助けに来てくれと駆けこんできた。 話を聴くと、男手

さえ有れば助け出せると訴えている。 俺で間に合うのであれば行ってあげたかった。 副署長の「救助に行ってくれ」 との命令により

救助に出た。

 役に立つかどうか分からなかったが、スコップがあったのでスコップ2本抱えてその女の子について行った。 最初の現場は、菅原

商店街の通りにある家だった。 商店街の東側はすでに火の海と化していた。

 商店街の西端の通りの路地を入った所だった。 要救助者は跡形も無く潰れた家の中らしい。 人間が一人、這ってはいれるくらいの

隙間がみえた、外にいた人に 「火が近づいたら教えてくれ!」 と、期待できないがとりあえず頼んでおいた。

 中には近所の人が2人すでに救助活動をしていたが、思うようにいかないらしく私が入って行くと 「どうにもならへんねん、道具が

ないわ!」 と訴えた。 中が狭いため、取りあえず2人を外に出し、現場の状況を確認した。 お尻らしきものが見えているだけで、

ほかは壁と柱で埋まってどのような状態で埋まっているのか、見当がつかなかった。

 1人呼び戻し2人で掘ることにした。 幸か不幸か、壁が土壁だったため、後から誰かが持ってきた包丁と鋸とで、土壁の竹と縄を

切りながら少しづつ壁を崩していった。

 「息は出来るか!」 と声をかけると、 「息は出来るけど頭が何かに挟まっていて、抜けない」

と答えが返ってきた。 しかし上半身は、壁の下に埋まっていて、頭がどこにあるのかも確認できない。 しかし、とにかく掘った。

火の勢いが不安だったため、一緒に掘っていたもう一人の人に、火災の状況を確認してきてくれと頼んだ。 「火がそこまで来ている」

住民が叫んでいる。 外を確認するため、一旦入ってきた隙間まで行き、外を覗いた。 強い風が吹き火災が迫っていた。 2軒

挟んだその隣の家にはもう火が入っていた。

 外を時々覗きながら、掘るのを続けた。 一緒にいたもう一人の人はいつのまにか、どこかへ行ってしまっていた。 奥さんらしい声で

 「もう助かった?・・」 と声がしていた。

 やっと背中、首が見えてきた。 もう少しだと自分に言い聞かせながらも、火の勢いがとても不安でつらかった。 その上余震のたびに

上部から土が落ちてくるため、いつ崩れてくるか非常に不安であった。

 さっきまで、いなくなっていたその人が1 メートルぐらいの鉄の棒を持って入ってきた。 お父さんの頭は、床と柱に挟まれ、その床が

抜け、頭が床に刺さった状態だった。

 この1 メートルの鉄棒がちょうどこの狭い空間に合っていて、柱と床とのあいだに差し込み柱を少しだけ持ち上げることが出来た。

 次の瞬間 「抜けた!」 と埋まっていたお父さんの口から言葉を発した。 私も、 「やった!」 と声が出た。 奥さんが外の隙間から

覗いていたのが見えたため、 「誰か男3,4人つれてきて」 と頼んだ。 奥さんが 「お父ちゃん助かったん?」 と聴いてきたので、

助かったことを教えると、大声で 「お父ちゃんが助かった! 助かった誰か手伝って」 と叫びながら人を呼びに行った。

 お父さんを運び出し、商店街の北側を見ると火が回っていたのでJR高架まで背負って下りた。 おばあちゃんがなきながら 「ありがとう、

ありがとう」 とすがってきた。 「よかったな」 と声をかけた。 救急車はないのでだれかに車に積んで病院まで運ぶように伝えた。

なんとか助け出せて本当によかった。

 時計を見ると9時前位だった。 とりあえず署まで走って帰ることにしたが、途中倒壊した建物の前の人盛りから、 「おまえ消防か、

消防ならこの中の人助けんかい!」 と言われた。

 弁当屋さんのようだった。 取りあえず入ってみることにしたが、さっきの救助場所のちょうど裏側に当たるため、急ぐ必要があった。

倒壊した建物に入ると強いガスの臭いがし始めた。

 1階は、潰れてきた天井と、床一面にこぼれた油、潰れたステンレスの棚でぐちゃぐちゃだった。 ガス臭は不安として、常に

つきまとった。 要救助者は、潰れてきた天井とステンレスのテーブルの間に挟まれていた。

 救助にあたり、こぼれた油が非常に障害となった。 力をかけても引っかかりが出来ず、つるつる滑るため、力が入らない。 30分

位だと思うが、私1人ではどうにもならない。 と判断し、一旦署に戻り応援を頼むことにし、その旨を伝え、署に急いだ。

 署に帰りこの救助事案の内容と応援が必要の旨を副署長に伝えた。 副署長の命により2人の応援と救助に必要な装備を救車に急

積み込み再度現場に向かった。

 再び中に進入し、挟まった部分があまりにも狭く、挟まった手とテーブルが、崩れた天井を支えていたため、挟まったテーブルを除

去できても、天井が崩壊し落ちてくる可能性が非常に高かった。 エアマイティで挟まった部分を広げれば、抜き出すことが出来る

のではないかと言うことになり、私が署に行き、持ってくる様頼まれたため署に急いだ。 しかしどこを探しても機材が無く、ちょうど

兼任救助隊の車両が見えたため、必要な機材を乗せ再度現場に向かった。

 自分の目を疑った。 現場に着くとすでにそこは、火の海だった。 泣きそうになった。

 救急車をそこに向けようとすると道の反対側で手招きする人が、よく見ると、2人の署員と要救助者ともすでに脱出していた。

神様に感謝する気持ちだった。 そのまま救急車で救助した女性を病院へ運んだ。

 一息いれ、今度は大橋町の辺りで生き埋めがあるとの事で、体制を整え4人の隊で現場に向かった。 現場に着くと、すでに

崩壊した建物には火が入っていた。

 「この中に、じいさんが居るはずなんや」 と言うが、呼びかけにも反応が無く倒壊の状態があまりにもひどく、生存の可能性が

非常に低いと思われた。

 近くにクレーン車が有ったため、建物の角にワイヤーを掛け、持ち上げる事を試みたが無残にもワイヤーは惨めな音を立て

切断した。 倒壊した建物はピクリともせず、燃え尽きた。

 駒ケ林町で生き埋めとの事を、前の現場で言われていたため、そちらに向かった。

 倒壊した建物内に3人の要救助者が居るとの事であった。 呼びかけに反応するもの2人、まずこの2人から救出することにした。

 1人は、外部から容易に確認できた。 もう1人の方も何とか救助資機材を使用する事により救出可能であったため、二手に分かれ

救出に当たった。 ここもガス臭が強くエンジンカッターなどが使用不可能なためか金鋸等で切っていたが、間に合わない。

 一旦署に帰りエアソー等を運んできて対処、無事2人を救出した。 しかし残った1人は居場所の見当もつかず、呼び掛けに対しての

反応なし。 約1時間程度捜索を続けたが、発見できず次の現場に向かった。 午後1時頃だった。

 久保町で生き埋め。 倒壊家屋の中で足を挟まれ出られなくなっていた。 3時間を費やした。 上下は布団であったため、その綿を

ちょっとずつ取って隙間を作り引っ張り出した。

 既に、夕方になっていた。

 署に帰った。 おにぎりをほおばり、一息つくまもなく他都市応援隊の車両に、緊急の燃料補給の作業が待っていた。 それを1時間

程度したぐらいであろうか、苅藻通2丁目の共同住宅で生き埋めとの事で、桑名消防の専任救助隊の方と2名で現場に向かった。

 (他の隊員は西市民病院の救助活動に出動していた)

 現場には警察官、消防団、重機の運転手など10人程度の人が待っていた。

 現場を確認したところ1人は確認できた。 エアマイティ、スーパーカッター等を使用し救助にあたった、やっと1人を無事救出する

ことができた。

 この建物に、他に何名か要救助者が居るとの事であったが、呼びかけにも応答が無く、2人では対応しきれないと判断し、一度

署に帰り他隊に引き継いだ。

 署に帰るとすでに0時を回っていた。 緊急の燃料補給は昼夜を問われず行われ、日を増すごとに応援隊の車両は増えていった。

 

 長田区だけでも200台以上の他都市応援隊の車両が活動。 燃料の消費量も短期間ですさまじいものとなった。

 消火・救助活動と燃料補給。 この災害活動に終わりはないのだろうか・・・・・・・。

 

岩本 正吾(長田消防署) ・・・・消防広報誌「雪」から転載

 

 

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